2022年4月17日礼拝説教

2022年4月17日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

ヨハネの福音書21章1節~14節 「復活の主に出会う朝」


1. 戸惑いと恐れ

イースターの日は「喜び」の日です。主イエスが死からよみがえり、絶望の淵にいた弟子たちにその喜びの知らせは伝えられました。しかし彼らの中にあったのは戸惑いと心の傷の疼きでした。彼らは数日前に大きな落胆と絶望を経験しました。恐れもあったことでしょう。この箇所には七人の弟子が登場します。彼らはティベリア湖(ガリラヤ湖)にいました。そこで彼らは漁に出ました。


2. 主との再会

漁はうまくいきませんでした。しかし、これはどこかで見たことのある風景です。それはペテロたちとイエスとの最初の出会いです。けれども彼らはすぐに岸にいる人がイエスであるとは分かりませんでした。そしてイエスは「舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れます」と語られました。彼らはようやく理解します。「これはイエスである」と。復活の主はすべてを覚えておられました。それは彼らの失敗も、弱さもすべて覚えておられるということでもありました。「深みに漕ぎ出し、網を下ろして魚を捕りなさい。」あの時の忘れえぬ経験、畏敬の念、そして感動。イエスとともに歩んだ日々。さらに十字架を前にして感じた恐れ、絶望。彼らの傷は深いものでした。しかし、その傷こそ主の復活のいのちが注がれるところでもあるのです。


3. 復活の主を知るということ

段々と彼らは復活のイエスだと気がついて行きます。それとともに喜びが彼らのうちにもたらされるのです。主は弟子たちと再び食卓をともにされました。イエスは誰も責めずに食事をともにされました。このようにして、彼らは復活のイエスを知っていったのです。主にことばをかけられ、傷に触れられ、受け止められ、癒されるその中で、復活の主を私たちも知っていきます。私たちは礼拝を通して、主の御声を聞き、その御手に触れられます。私たちも日々弱さの中に、そして死へと向かう中に置かれています。しかしその中で、私たちに与えられた救いの恵みと確かさを、また主イエスご自身を知っていくのです。イエスは三度だけではなく、何度も私たちのところに来てくださるお方なのです。

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