2022年7月31日礼拝説教

2022年7月31日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マルコの福音書1章14節~20節 「神の国の福音」


1. 教会が信じていること

神を信じる―それはキリスト教に限ったことばではありません。しかし聖書において信仰を持つということは、「取り分けられる」ということを意味しています。取り分けられた者の姿が聖書に出てきます。その最も際立った存在が、イエス・キリストです。イエスには神の支配が完全に表されていました。私たちはイエスを通して、神が私たちに求めていることを知り、またいかに生きるべきかを教えられます。それは、私たちをこの世界から取り分けるものとなります。神は私たちの心に望みを与え、神とともに歩む安心と喜び、そして神の愛を基盤にした交わりに生きるようにと導かれています。これが神の国の福音なのです。


2. イエスの登場

イエスは神の福音を宣べ伝えました。その第一声は「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」というものでした。ついに神の国が到来するのです。それは人間による支配ではなく、神が来られて、この世界を統治するという良い知らせです。この国では、私たちがこれまで当然だと思い、縛られてきた価値観から解き放たれます。私たちをイエスは解放しに来られたのです。神の国では神の愛がすべてにおいて基盤となります。この国は、柔和、憐れみ、謙遜、純粋、聖さ、寛容、親切、赦しと和解によって特徴づけられます。悔い改めとは神の方へと向き直り、神の国に生き始めることなのです。


3. イエスについていく歩み

この知らせを聞き、数人の人々が、すぐにイエスに従いました。彼らはすべてを知りませんでしたし、分かってもいませんでした。しかし、彼らは一歩を踏み出しました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」そうイエスはシモンたちに声をかけました。イエスは彼らに、あなたがたは漁師のままで人を相手にする、そのような漁師にしよう、と呼びかけました。今もイエスは、私たちを神の国へと招かれます。その一歩目は、イエスに従っていくことです。「わたしについてきなさい」との呼びかけに応えてまいりましょう。

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