2022年9月25日礼拝説教

2022年9月25日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マルコの福音書6章45節~52節 「主の大きな声」


1. イエスの意図

イエスは再び弟子たちを「無理に」舟に乗り込ませ、向こう岸へと渡らせようとされます。そしてイエスは群衆を帰らせ、一人祈るために山に向かわれました。夕方になった時、まだ船は湖の真ん中にいました。弟子たちは向かい風に難儀していました。それを見たイエスは湖の上を歩いて彼らのところへと行かれたのです。イエスはこの経験を通して、彼らに何かを伝えたかったようです。イエスは弟子たちに何を語ろうとされたのでしょうか。


2. 向かい風の中で

弟子たちはこれまでもイエスの姿をすぐそばで見てきました。嵐を静められたイエスを弟子たちは間近で見ました。しかし、それでもどうしようもないと思ってしまうのが、私たちの弱さです。向かい風の中で右往左往しているときに、私たちはどこに目を向けてしまうのでしょうか。近くに来てくださったイエスに気がつかず、ここには主はおられないと思ってしまいます。私たちは今、何を恐れているのでしょうか。彼らがこの時、最も大きな声を上げたのは、イエスの姿を見たときでした。イエスはそんな彼らのところに来て言われました。「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」そして舟に乗り込まれると風は止みました。


3. 主の大きな御声

「しっかりしなさい。恐れることはない」という言葉をイエスはどのような口調で話されたのでしょうか。強風が吹いている中、その音に負けない大きな声で、イエスは彼らに叫ばれたことでしょう。この声は後に弟子たちの中でずっと鳴り響き続けたはずです。しかし、あの十字架の前で彼らは完全に敗北してしまいます。彼らはまだイエスのことを本当には理解していなかったからです。ここで主イエスは、弟子たちに伝えようとされていることがありました。それは神の子とされた彼らは、イエスの働きを託され、派遣されているということです。それは、パンを大勢の人々に配ったように、イエスの恵みを弟子たちが人々に配るためです。私たちは罪赦され、神の子とされています。私たちもこの世界に遣わされています。先に歩んでくださった主と同じように、私たちも必ず向こう岸へと行けるのです。「しっかりしなさい。恐れることはない」との主の御声に励まされてまいりましょう。

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