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2023年1月1日礼拝説教

2023年1月1日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

ローマ人への手紙8章26節 「御霊がともに」


1. 同じように

「同じように」とは、いったいどのようなことを言っているのでしょうか。この箇所の直前には、うめく私たちの姿があります。ここに聖書がこの世界の現在地をどうとらえているかが表されています。それは、「うめきの状態」です。何よりも被造物は、人の支配ではなく、神の完全な支配、すなわち神の国が来ることを待ち望んでうめいています。そして、私たち自身も子にしていただくことを待ち望んでいると語られています。「子」とは、イエス・キリストと同じ姿になることです。私たちは、朽ちるべき肉体がよみがえった主イエスと同じものにされ、完全に神の子とされる、その時を待ち望んでいます。


2. 「すでに」と「いまだ」の間

私たちは信仰のゆえに、新たないのちをいただいています。しかし、私たちの肉体は衰え、やがて朽ちていくままです。今は「すでに」と「いまだ」の間の時です。すでに主イエスは、復活し、天にあげられ、王座についています。けれども、いまだ神の完全なる支配は訪れていません。いまだ、この世界には苦しみと嘆きの声があります。新しい年になっても、争いは続き、世界にはいまだ苦しみがあり、うめきがあります。私たち自身も、様々な痛みや不安な現実を抱えています。良いものを待ち望むからこそ、よけいにうめくのでしょう。けれども、このうめきは、行き場のないものではありません。このうめきは神に向けられています。このうめきは祈りなのです。


3. 聖霊のうめき

それと「同じように」、御霊もうめくと言うのです。聖霊は私たちのうめきと心あわせておられます。そしてそのうめきによって弱い私たちを助けてくださるのです。私たちは祈ります。しかし祈れないほどに、弱ってしまい、どうしてよいか分からない、そんな状況にさえ陥ります。しかし、どう祈ってよいかわからない、そんな現実があったとしても、内なる聖霊がうめきをともにし、私たち以上に祈ってくださるのです。神は、いつまでも私たちを放っておかれる方ではありません。私たちは、厳しく、嘆きに満ちた現実を前にしても、望みを失わず、聖霊のとりなしの中、この新しい年も歩んで行きましょう。

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