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2023年7月2日礼拝説教

2023年7月2日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

へブル人への手紙10章26節~31節 「真理の知識を受けた者として」


1. 真理-アレーテイア-

真理という言葉は、今の時代あまり使われなくなりました。しかし、聖書には「真理」が何度も出て来ます。「アレーテイア」というギリシャ語です。この言葉には「確かなもの、信頼に値するもの」という意味と、「隠されているものをあらわにすること」という意味があります。真理の知識とはイエス・キリストについてのことであり、福音を指しています。今朝の箇所には、真理の知識に逆らう者への厳しいことばが語られています。この箇所で注目すべきは「進んで」という言葉です。つまり自分の意志で罪にとどまり続けるなら、その人のきよめのためにはいけにえは残されておらず、神の裁きにあうと言うのです。


2. 偶像礼拝の罪

ここで問題となっているのは、「ほかの神々に仕え、拝む」という偶像礼拝です。意図しない過失や私たちの弱さからくる過ちのことではありません。自ら進んで神に逆らい、十字架の主イエスに逆らう在り方を選び取ることが、問題とされています。旧約の律法において、重い罰を受けた偶像礼拝の罪。それならば、キリストの十字架の贖いと罪の赦しを受け取りながらも、進んでそこから離れ、別の神を崇拝して生きるなら、そのような人は、いかに重い処罰に値するのかと、著者は教会に語ります。ここで問題としているのは、ほかの神々に仕え、拝むことです。カルヴァンは「人間の心は、まさしく偶像を作り出す工場である」と言いました。神以外のものを神とし、崇め、価値を置くこと、それを私たち自身の存在の拠り所とすること。それが偶像礼拝なのです。


3. 神の国の幸い

主イエスは、山上の説教で神の国の幸いを教えられました。まことの神を神とし、神の正しさ、神の愛、神のきよさ、神にある平和、それらが神の国における価値です。神の国を待ち望み、指し示すために、私たちは存在します。それは、偶像の神を礼拝し従うのでは決して成し得ないことです。私たちは主イエスにある救いを受け取る前に戻ってはなりません。与えられた恵みを深く覚え、この方とともに歩んでいく、その道を進んで選び取ってまいりましょう。

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