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2024年1月7日礼拝説教

2024年1月7日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

ローマ人への手紙8章26節~28節 「神を愛するゆえに」

 

1. 助け手

聖書はマニュアルではありません。みことばは、私たちの生きる指針であり、また神様からのエールであり、慰めです。そして、私たちを養い、考えさせ、育てる「神のことば」です。私たちは聖書に照らされ、また成長させられ、自らの意志をもって生きていくのです。この箇所も主からのエールといってもいいでしょう。26 、27 節では私たちの助け手なる聖霊の祈りがあると書かれています。聖霊が、あなたの祈りと心をともにし、あなたを支え、あなたを覆ってくださるのです。

 

2. 神を愛する人々

私たちは「神を愛する人々」であると言われています。なぜなら、私たちは神の愛を知った人々だからです。あの十字架に示された神の愛を知り、そしてその愛ゆえに神を愛する生き方があることを教えられている人々、それがキリスト者です。パウロは、第一コリント13章4節~7 節で、「愛は寛容であり、愛は親切である」と教えています。この生き方へと、聖霊は私たちを促し、私たちも信仰を持って踏み出していくのです。

 

3. 益となるということ

キリスト者は、神のご計画によって召された人々であるとも言われています。私たちは神の作品です(エペソ2章8節~10節)。その人々のために、すべてのことがともに働いて益となると私たちは励まされています。ローマ8 章は「被造物のうめき」があることを語っています。そして、そのうめきは産みの苦しみであると言われています。それは神の国へとつながる苦しみです。その中で、聖霊が神を愛する者たちとともに働き、すべての事を神の国にとって益となるものへと変えてくださるというのです。「益」という言葉も、取り違えてはなりません。それは神の国につながる「益」であるからです。私たちの目には理不尽に思えることも、また悲しみの出来事も、すべてうめいてくださる御霊の祈りとともに働いて、神の国へとつながるものとなる、そのようにみことばは私たちを励ましているのです。

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