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2024年2月18日礼拝説教

2024年2月18日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書5章1節~5節 「幸いな人々」

 

1. 山上の説教

群衆たちがイエスのもとへとやってきました。さらにイエスの近くに来た弟子たちに、イエスは語り始められます。そこでイエスは「幸いな者」について語り始めました。「心の貧しい者」とは誰のことでしょうか。イエスは、ここで当時の価値観の転換を図ろうとしています。「心が貧しい」の反対は、「心が富む、豊か」ということです。この時代では、それは「神の祝福を受けている」と考えられた人々のことでしょう。彼らは、パリサイ人や律法学者、金持ち、また力を持つ人々のことでした。彼らは神の祝福を受けていると考えられていたのです。神の祝福からは遠いと思われた人々、そのような者たちが「心の貧しい者」であり、彼らにこそ神は祝福と幸いを与えようとしておられる、そうイエスは宣言されたのです。

 

2. 悲しむ者

さらにイエスは「悲しむ者は幸いです」と教えられました。これまで苦難の中に置かれ続けたイスラエルの民。その中で苦しんできたのは民衆たちでした。さらに悲しんだのは神の前に誠実に歩み続けてきた人々です。その悲しみが、ついに慰められる時が来ました。その悲しみは神の悲しみでもあるでしょう。私たちも悲しみを覚えます。この世界の痛み、罪の苦しみ、私たちの抱えた弱さ…私たちは現実を知れば知るほど自らの無力さを知ります。私たちがそこに悲しみを感じるのならば、それは決して無駄な悲しみではありません。そこに主イエスは宣言されるのです。「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」イエスの復活と希望が、私たちを生かす土台となるのです。

 

3. 柔和な者

次は「柔和な者」です。その人は地を受け継ぐと語られます。地を受け継ぐ、それは後に来る神の国を受け継ぐことです。「柔和」という言葉は、日本語では優しく、柔らかなイメージがあります。しかし、ここで語られている「柔和」は、それとは異なる強さを持っています。「柔和」とは、神への信頼により、すべてを神に委ねる、そのような態度です。信仰には忍耐が必要とされます。今この時にも、神が働かれ、その御手がのばされている、そのように信じるゆえに、忍耐が生じ、真の「柔和さ」「強さ」を得るのです。これはイエスに見られるものです。神に委ねる在り方を、神への信頼を通してはぐくんでまいりましょう。

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