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2023年9月3日礼拝説教

2023年9月3日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

へブル人への手紙12章1節~3節 「イエスから目を離さずに」


1. 信仰の歩み

パウロは手紙の中で、信仰の歩みを競技や競争に例えることがありました(Ⅰコリント9:24、25、ピリピ3:13、14)。陸上競技をする人とキリストに従って歩むこととを、パウロは重ね合わせて教えています。しかし、信仰の生涯は誰かとの競争ではありません。勝ち負けではなく、この過酷な道のりを完走し、ゴールに到達すること、それがこのレースの目的なのです。ここにこのレースを走りぬくための秘訣が記されています。それは一切の重荷とまとわりつく罪を捨てることです。私たちの足取りを重くさせるものは何でしょうか。「まとわりつく罪」それは偶像礼拝の罪であることがこの手紙でも語られていました。それは、神を神としないことであり、まことの神以外のものを頼みとすることです。それは私たちにからみついて離れない罪なのです。


2. 罪を捨て去ること

私たちはどうしたらまとわりつく罪を捨て去ることができるのでしょうか。礼拝をささげることは、まとわりつく罪を捨て去ることへとつながります。また「忍耐」が勧められています。粘り強く忍耐をもって前進する、それがこのレースの走り方なのです。さらにこのレースを走り切る秘訣として、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい」と勧められています。イエスはこの信仰の創始者であり、完成者です。イエスは、私たちの前を走ってくださり、すでにゴールまで走り抜けてくださいました。このレースがどのような道筋をたどり、どのような結末を迎えるのか、それを示されたのです。


3. 雲のように取り巻く証人たち

「キリストを見上げる」という言葉は、精神論のようにも受け取られかねません。しかし、そうではありません。それは、あの十字架に架かってくださった主の姿を考えることです。十字架は罪の現実、苦しみ、悲しみ、怒り、裏切り、弱さ、そのすべてが交錯するところです。その十字架へと向かって生きた主イエスのことを考える、それはとても具体的な指示です。イエスのことを考える時に、私たちは常に本質へと戻されます。神に徹底的に従われたその先に、新たないのちと神の栄光があることを、イエスは示されました。そして、この方のことを考えるときに、雲のように取り巻く証人たちを思い出します。彼らは、今このレースを走っている私たちに大声援を送っています。この声援を受けて、さらに前進してまいりましょう。

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