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2022年12月4日礼拝説教

2022年12月4日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

ペテロの手紙第一1章18節~21節 「むなしさの中からの救い」


1. むなしさ

聖書では、まことの神を知らない生き方、またいのちを「むなしい」ということばで表現します。むなしさからの脱出、それは「神との正しい関係」を持つことと言い換えられます。その鍵こそイエス・キリストにあります。聖書は、世界が神から始まり、私たちも神によって創造されたことを告げています。しかし、人は神に背き、自分を神として身勝手に歩みを進めてしまいました。人は存在の出発点を失い、本当に帰るべき故郷を失ってしまったのです。そこにむなしさが生じます。


2. 求めているもの

どんなに科学が発展しても、私たちには変わらぬ部分があり、癒されないところが残っています。私たちは、ただ本能のままに生きる存在ではありません。正しいこと、良いことを知り、喜びを分かち合い、また時に悲しみを覚える、そのような人格を持つ存在です。私たちはそのような「神のかたち」として造られました。神が創造した世界を味わい、神とすばらしさを分かち合い、神とともに生きるために、私たちは創造されたのです。しかし、私たちはそこから離れてしまいました。喜びの源泉である神との関係を失ってしまったのです。これこそ神に対する罪責であると聖書は教えています。私たちは存在の確かさと、憩いや平安を求めています。これは神から来るものなのです。


3. イエス・キリストの贖い

先祖伝来のむなしい生き方とは、「銀や金のような朽ちる物」に頼る生き方のことです。それはむなしく、うつろいやすいものです。しかし、私たちはそこから自力では抜け出せません。そのために、イエス・キリストはこの世界に来られ、十字架に架かり、私たちを罪から贖ってくださいました。その神の愛のメッセージが、クリスマスの出来事の中心にあるものです。神のひとり子イエスは、私たちの場所に降りてこられ、私たちと同じ人間として歩まれました。そして、ご自身を罪の代価としてささげてくださったのです。私たちと神との関係を正しいものとし、私たちをむなしさから救うため、イエスはご自分を犠牲にされました。イエスを信じるということは、そこにある神の愛を信じることです。そのときに、罪の赦しが与えられ、神との新しい関係を得ることになります。あなたのいのちは、決してむなしさで終わるものではないのです。

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