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2026年4月5日礼拝説教

  • 22 時間前
  • 読了時間: 2分

2026年4月5日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

コリント人への手紙第二 1章4節~10節「希望と慰め」

 

1. 苦しみの中で与えられる慰め

イースターは「勝利の日」です。しかしその勝利とは、苦しみがすべて消えるということではありません。私たちの現実には、なお悲しみも重荷もあります。それでもキリストの復活は、私たちに決して失われない希望を与えます。第二コリントの冒頭でパウロは、神を「すべての慰めの神」と呼びました。復活の主は、苦しみの現実のただ中で、私たちを慰めてくださる方なのです。

 

2. キリストの苦難とともにある希望

パウロ自身も、「生きる望みさえ失うほど」の圧迫を受けました。しかしその苦しみの中で、彼は自分に頼るのではなく、「死者をよみがえらせてくださる神」に頼る者とされていきました。パウロは、私たちの苦しみがキリストの苦難とともに数えられ、また慰めもキリストによってあふれると語ります。苦しみの中でこそ、そばにおられるキリストを知り、復活のいのちに希望を置く者とされるのです。

 

3. 慰めを受けた者として生きる

神が私たちを慰めてくださるのは、私たち自身が支えられるためだけではありません。その慰めによって、今度は私たちも、苦しみの中にある人を慰める者とされるためです。人の痛みをまったく同じように分かることはできなくても、神の慰めを受けた者として、その傍らに立つことができます。苦しみのあるところに、主は離れずにいてくださる。そしてその主が、私たちをもまた、誰かの苦しみの傍へと遣わされます。イースターの希望とは、復活の主とともに歩み、慰めを分かち合う歩みへ招かれることなのです。

 
 
 

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