2026年8月9日礼拝説教
- 8月11日
- 読了時間: 2分
2026年8月9日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新
マタイの福音書 27章27節~38節「神の物語」
1.この世界が語る物語
私たちは、これまで経験してきたことや、家庭、学校、社会の中で教えられてきたことを通して、知らず知らずのうちに一つの物語を生きています。その物語によって、何を幸せと考え、何を成功と呼び、何を恐れ、何に希望を置くのかが形づくられていきます。しかし人は、神のことばに聞こうとせず、神が与えてくださる物語を失ってしまいました。ローマの兵士たちも群衆も、力を持つ者が勝ち、敵を倒す者が救い主となるという、この世界の物語によってイエスを見ていたのです。
2.十字架につけられた真の王
兵士たちは、イエスに緋色のマントを着せ、茨の冠をかぶせ、葦の棒を持たせて、「ユダヤ人の王様、万歳」とからかいました。彼らは、無力な偽の王を演じさせているつもりでした。しかし、目の前におられた方こそ、真の王でした。この王は、力によって人を屈服させ、自分を守る王ではありません。自らを低くし、辱めを受け、人間の罪と愚かさを背負い、罪人のためにいのちを差し出す王です。一見すると、十字架はこの世界の力が勝利した場所に見えます。しかし実際には、この世界の物語が打ち破られ、神の救いの物語が明らかにされた場所なのです。
3.神の物語に生きる
イエスは山上の説教で、心の貧しい者、悲しむ者、柔和な者、あわれみ深い者、平和をつくる者が幸いであると語られました。強い者が勝ち、富む者が幸いであるという、この世界の物語とはまったく逆です。また、悪に悪を返さず、敵を愛し、迫害する者のために祈るように教えられました。そしてイエスは、その道を教えただけではなく、ご自身が十字架において歩まれました。私たちもイエスを真の王、救い主と告白し、力ではなく愛を選び、敵対ではなく赦しを求め、目の前の現実が思いどおりにならない時にも、神に信頼して歩みましょう。



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