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2026年7月19日礼拝説教

  • 3 時間前
  • 読了時間: 2分

2026年7月19日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書 26章69節~75節「ペテロの失敗」

 

1.失敗を隠されなかったペテロ

ペテロは、イエスのことを三度「知らない」と言ってしまいました。これほど自分の失敗が広く知られた人も、なかなかいないでしょう。しかし、この場面が聖書に残されていることで、私たちが自分の失敗を認めることへのハードルは、どれほど下げられたことでしょうか。福音書には、恐れにとらわれ、水に沈みかけたペテロ、自分の思い描く救い主の姿をイエスに押しつけようとしたペテロ、「私は決してつまずきません」と言い張ったペテロの姿が記されています。ペテロの恐れも弱さも、聖書は隠していません。それでも主イエスは、彼を見放さず、取り扱い続けられました。

 

2.主を知らないと言ったペテロ

ペテロは、大祭司の家の中庭までついて行きました。しかし、「あなたもイエスと一緒にいましたね」と言われると、「何を言っているのか、私には分からない」と否定しました。二度目には誓って「そんな人は知らない」と言い、三度目には、のろわれてもよいとまで言いながら、イエスとの関係を否定しました。そして鶏が鳴いた瞬間、ペテロはイエスのことばを思い出し、外に出て激しく泣きました。ペテロに信仰がなかったのでも、イエスを愛していなかったのでもありません。しかし、その信仰は、まだ十字架と復活の前のものでした。

 

3.十字架によって変えられたペテロ

十字架は、人の目には敗北や無力に見えます。しかし、「十字架のことばは、救われる私たちには神の力」なのです。キリストは十字架と復活によって、罪と死の支配を打ち破られました。かつて召使いの女性の前で「そんな人は知らない」と言ったペテロは、十字架と復活の後、エルサレムの大勢の人々の前で、イエスこそ主でありキリストであると語る者に変えられました。失敗は終わりではありません。十字架の主は、私たちの罪も負ってくださいました。復活の主は、失敗した者を見放さず、赦し、立ち直らせ、新たな歩みへと導いてくださるのです。

 
 
 

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