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2026年9月27日礼拝説教

9月27日
読了時間: 2分

2026年9月27日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書 27章57節~66節「墓に葬られ」

 

1.確かに死に、墓に葬られた

イエスは十字架で確かに死なれ、そのからだはアリマタヤのヨセフによって引き取られました。きれいな亜麻布に包まれ、まだ誰も葬られたことのない新しい墓に納められ、その入り口には大きな石が置かれました。そして、その様子をマグダラのマリアたちが見届けていました。マタイは、イエスの死と埋葬を一つ一つ丁寧に記しています。それは、この後に続く復活の出来事が、単なる心の中の出来事ではなく、確かに死に、確かに墓に葬られたイエスに起こったことであることを示すためです。

 

2.完全に閉ざされた墓

祭司長たちとパリサイ人たちは、イエスが「三日後によみがえる」と語っていたことを思い出し、弟子たちが遺体を盗み出して「よみがえった」と言い始めることを恐れました。そこで墓には番兵が置かれ、石には封印までなされました。人の目から見れば、墓は完全に閉ざされたのです。しかし、この後、弟子たちは「イエスはよみがえられた」と宣べ伝え始めます。その知らせは、人々の予想をはるかに超えて世界を揺り動かしていきました。死と墓は、神のみわざを閉じ込めることはできなかったのです。

 

3.いのちが死を呑み込む

私たちは、現実の痛みや苦しみ、そして死の悲しみから目をそらすことはできません。しかし、私たちが信じているのは、墓に葬られたままで終わった方ではなく、死者の中からよみがえられたイエス・キリストです。パウロは「死ぬはずのものが、いのちによって呑み込まれる」と語ります。まだ重荷があり、うめきがあり、困難があります。それでも神はすでに働き、御霊を保証として与えてくださっています。だから私たちは心強いのです。死が最後ではなく、神のいのちが最後に勝利する。そのことを信じて、今ある現実を見つめながら、主とともに歩んでまいりましょう。

 
 
 

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