2026年10月11日礼拝説教
2026年10月11日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新
マタイの福音書 28章11節~15節「復活の確かさ」
1.復活の証言
教会は二千年にわたり、「イエスはよみがえられた」と信じ、告白し、語り続けてきました。復活そのものを科学的に証明することはできません。しかし、イエスが十字架で死んだこと、復活の証言が非常に早い時期から語られていたこと、多くの人々が復活されたイエスに出会ったと証言したこと、空の墓、そして弟子たちやパウロ、ヤコブに起こった大きな変化など、復活について考えるための歴史的な根拠があります。復活は、何の根拠もなく後から作られた物語ではありません。
2.空の墓の説明
墓を守っていた番兵たちは、そこで起こったことを祭司長たちに報告しました。しかし祭司長たちは、「弟子たちが、われわれが眠っている間にイエスのからだを盗んだ」と語るよう、兵士たちに多額の金を渡します。しかし、眠っていたのなら、なぜ弟子たちが盗んだと分かったのでしょうか。墓が空であることそのものではなく、「なぜ墓が空になったのか」が問題となりました。復活を否定する説明は最初からありましたが、「イエスはよみがえられた」という証言は途絶えることなく、今日まで語り継がれてきました。
3.復活の確かさ
キリストの復活は、私たちを神とともに生きることへと押し出し、死を超えた望みを与えます。その望みは、私たち自身だけでなく、この世界にも向けられています。パウロは、被造物全体がうめきながら、滅びの束縛から解放されることを待ち望んでいると語ります。私たちも苦難の中を通り、先の見えない時があります。しかし、死も苦しみも滅びも最後のことばではありません。復活の確かさは、人の嘘によっても苦難によっても失われません。キリストは確かによみがえられた。そこに、私たちの望みがあります。



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