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2026年9月13日礼拝説教

4 分前
読了時間: 2分

2026年9月13日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書 27章39節~45節「闇の中のイエス」

 

1.最後の誘惑

十字架の上のイエスに、人々は「もしおまえが神の子なら、自分を救ってみろ」とののしりました。そのことばは、荒野で悪魔が語った「あなたが神の子なら」という誘惑を思い起こさせます。しかしイエスは、神の子としての力を自分を救うためには使われませんでした。父なる神に信頼し、自らのいのちをささげる道を最後まで歩まれたのです。「他人は救ったが、自分は救えない」と人々は嘲りました。しかしイエスは、自分を救わないことによって、私たちを救う道を選ばれました。

 

2.闇の中に入られたイエス

正午、本来なら一日の中で最も明るい時間に、闇が全地を覆いました。そこには、死と滅び、そして罪に対する神の裁きが表されています。私たちは明るい未来を願いながらも、神を神とせず、神に信頼しきることのできない罪の現実を抱えています。本来、私たちが置かれていたその闇の中に、イエスご自身が入ってくださいました。そして十字架の死を通り、私たちに新しいいのちへと歩む道を開いてくださったのです。

 

3.闇の中に輝く光

私たちは、仕事や家族、病、将来への不安の中で、闇に覆われているように感じることがあります。今、教会も、これからどのように復旧し、会堂をどうしていくのか、まだ先が見えていません。しかし「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった」と聖書は語ります。私たちも今、この現実の中で、主の光を、主のみこころを、主の最善を大胆に求めながら歩みたいのです。どのような道を通るとしても、闇が最後ではありません。主がこの教会を導いてくださることを信じて歩んでまいりましょう。

 
 
 

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