2026年8月30日礼拝説教
2026年8月30日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新
ローマ人への手紙 8章32節~34節「途切れることのないとりなし」
1.揺れ動く私たちを支える主
私たちは、信仰的なことばをよく用います。しかし、その反対の手には、目の前の現実があります。本当に大丈夫なのか。これから、どうなってしまうのか。不安があるから信仰がない、悲しんでいるから主に信頼していない。そう決めつける必要はありません。不安はある。しかし、主に信頼したい。悲しみがある。しかし、主の恵みを覚えて感謝したい。私たちは、その両方を抱えています。時には、告白することばさえ出てこないこともあるでしょう。しかし、その時にも、主イエスのとりなしは途切れません。揺れ動いている時にも、主は私たちを支えてくださるのです。
2.この信仰を次へと引き継ぐ
真砂教会は、半世紀にわたり、この地で福音を宣べ伝えてきました。教会は、引き継がれていく働きです。しかし、それは単に、組織や建物を引き継ぐものではありません。この地で教会をはじめられた主イエスが、今も私たちをとりなし、導き、なおその働きを進めてくださる。この信仰を、私たちは次へと引き継ぎたいのです。私たちが願うのは、ただ会堂が使えるようになることだけではありません。この試練の中でも、主のとりなしの確かさをともに経験し、次の世代にも語り継いでいきたい。「いつ、いかなる時でも、主イエスはともにいてくださった。」そして今が、まさに「いつ、いかなる時」なのです。
3.今も生きてとりなしてくださるキリスト
私たちには罪があります。しかし、その私たちを義と認めてくださるのは、神ご自身です。私たちのために死なれた主イエスが、よみがえり、今、神の右の座で、私たちのためにとりなしてくださっています。私たちの信仰の強さが、私たちを支えているのではありません。私たちのために死なれた方が、今も生きて働いておられる。その方が、私たちを支えてくださるのです。何ものも、キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。その確かな愛のとりなしの中で、今この時を、望みを持って歩んでまいりましょう。



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