2026年9月6日礼拝説教
2026年9月6日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新
ローマ人への手紙 8章35節~37節「キリストの愛のゆえに」
1.何ものもキリストの愛から引き離せない
パウロは、「苦難、苦悩、迫害、飢え、裸、危険、剣」と、自らが経験してきた厳しい現実を一つ一つ挙げながら、「だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか」と問いかけます。その確信の根拠は、パウロ自身の信仰の強さにあったのではありません。私たちが必死になってキリストにしがみついているのではなく、主イエスの御手が私たちをとらえていてくださる。だから、どのような出来事も、私たちをキリストの愛から引き離すことはできないのです。
2.苦難の中でも神に祈る
パウロはここで、詩篇44篇の「あなたのために、私たちは休みなく殺され、屠られる羊と見なされています」ということばを引用します。詩人は、かつて神が与えてくださった救いを思い起こしながら、今はなぜこのような苦難の中にいるのか分からず、「起きてください。主よ」と神に訴えます。私たちも、神を信じていても、理由の分からない苦難を通ることがあります。それでも、神に訴え、祈ってよいのです。そして、この苦難の中にも主がともにおられ、御手を伸ばしてくださっていることを信じます。
3.主に望みを置く
パウロは、「しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です」と語ります。この勝利は、苦難がなくなることでも、すべてが思いどおりになることでもありません。苦難のただ中にあっても、主の愛から引き離されず、その御手の中に支えられていることこそ、キリストによる勝利です。私たちは不安になり、疲れ、落ち込むこともあります。それでもなお、主に望みを置くことができます。私たちが主をつかんでいるのではなく、主が私たちをつかんでいてくださるからです。



コメント