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2026年5月10日礼拝説教

  • 5月17日
  • 読了時間: 2分

2026年5月10日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書 24章44節~51節「用心して生きる」

 

1. 王の帰還を見据えて生きる

「用心して生きる」と聞くと、少し窮屈そうに感じるかもしれません。私たちは日々、いろいろなことに気を配りながら生きています。しかし、主イエスが語っておられる「用心」は、ただ警戒し続けることではありません。「人の子は思いがけない時に来る」と語られるとき、そこにあるのは、真の王が帰って来られるというイメージです。主イエスは、来たるべき神の国、真の王の帰還に焦点を定めて生きるようにと教えておられます。

 

2. 任された務めに忠実に生きる

イエスは、主人から責任を任され、食事時にしもべたちに食事を与えるしもべのたとえを語られました。そのしもべは、特別に目立つことをしているわけではありません。しかし、日々の務めを、主人の思いに従って忠実に果たしています。創世記のヨセフも、望んだ場所ではないところに置かれながら、任された務めに忠実に生きた人でした。一方、悪いしもべは「主人の帰りは遅くなる」と考え、自分勝手に過ごしてしまいます。ここで問われているのは、救いを行いで勝ち取ることではなく、救われた者、王の帰りを待つ者として、どのように生きるのかということです。

 

3. 希望に基づいて備える

「用心する」と聞くと、注意や警戒を思い浮かべます。しかし、主人の帰り、王の帰還は、本来、喜びの時であり、待ち望むべき時です。ですから、「用心していなさい」とは、恐れによる警戒ではなく、希望に基づく備えです。主人が帰って来られるその時に焦点を定めて、今を生きることなのです。神はキリストを通して、この世界を罪と悪から救い、神の国へと必ず導いてくださいます。そのことに信頼し、なおも忠実に、なおも誠実に、主から喜びと希望を与えられて歩んでまいりましょう。

 
 
 

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