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2025年9月7日礼拝説教

  • mbchurch
  • 9月19日
  • 読了時間: 2分

2025年9月7日の礼拝メッセージの要約です。説教者:倉嶋新

マタイの福音書17章14節~21節「からし種ほどの信仰」

 

1. うまくいかない弟子たち

群衆の中の父親が息子の癒しを願って弟子たちのもとに来ましたが、癒すことはできませんでした。癒しの権威を授けられていたはずの弟子たちは無力であり、失敗を経験しました。信仰の歩みの中でも、私たちはしばしば「うまくいかない」場面に出会います。その経験こそ、信仰の成長のきっかけとなるのです。

 

2. 不信仰な曲がった時代

イエスは「不信仰な曲がった時代」と嘆きつつ、その子を癒されました。弟子たちが「なぜ私たちはできなかったのか」と問うと、イエスは「あなたがたの信仰が薄いからです」と答えます。問題は信仰の「量」ではなく、「誰に信頼しているか」です。弟子たちは権威を自分のものと誤解していました。奇跡は力を誇示するためではなく、神への全き信頼を表すしるしであることを、イエスは示されました。

 

3. からし種のような信仰

「からし種ほどの信仰」とは、ほんのわずかでも、まことの神に結びついた信仰です。小さく弱く見える存在であっても、真実の神を信頼するなら、神の力はそこに現れます。イエスご自身こそ「からし種」のように小さく蔑まれ、十字架で砕かれましたが、その従順と信頼のゆえに神は栄光を与えられました。私たちも家庭や職場、教会で試みられる時、「誰がともにおられるのか」を思い起こしましょう。キリストの約束があります――「もし、からし種ほどの信仰があるなら、あなたがたにできないことは何もありません」。

 
 
 

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